多聞寺
元仁元年(1224年)の創建と伝えられる由緒あるお寺で、鎌倉時代には梅本坊と呼ばれ、修験者の道場として知られていました。その後、毘沙門天を本尊として寳塔山吉祥院多聞寺と寺号を改め、地域の信仰を集めてきました。
東久留米市の有形文化財に指定されている重厚な四脚門の山門は総欅の切妻造りで、嘉永5年(1852年)ごろの建立と言われており、江戸時代末期のこの地方の建築技術を今に伝えています。
南沢氷川神社で4年に一度開催される郷土芸能「南沢獅子舞」は夜、この多聞寺で行われます。また、東久留米七福神のひとつでもあり、七副神巡りの参拝客が訪れることでも知られています。
学区内にある南沢氷川神社と並ぶ、歴史のある多聞寺は、郷土をより知る手がかりとして地域理解や郷土学習に生かしています。